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私生活 / ブラスターすべての解説
私生活 · 2分で読めます · 1983年 · 2026年10月

イーロン・マスクがつくったゲームとは?

イーロン・マスクは12歳でプログラミングを独学し、初めてのビデオゲームを約500米ドルで売った。

イーロン・マスクがつくったゲームは「ブラスター」である。コモドールVIC-20でプログラミングを独学したマスクが、12歳で書いたシンプルな宇宙シューティングゲームだ。南アフリカの雑誌『PC and Office Technology』が1984年にこれを掲載して約500ドルを支払い、ブラスターはマスクにとって初めての商用ソフトウェアになった。

クリーム色の本体に茶色のキーボードを備えた家庭用コンピューター、コモドールVIC-20
マスクがプログラミングを覚えた家庭用コンピューター、コモドールVIC-20。写真:Evan-Amos、パブリックドメイン

ロケットや電気自動車よりずっと前、マスクは家庭用コンピューターと粘り強さを持った、南アフリカの12歳の少年だった。

ブラスターとは?

ブラスターは、1983年当時の家庭用コンピューターでよく遊ばれていたタイプのシンプルな宇宙シューティングゲームである。プレイヤーは宇宙船を操縦し、ゲーム中で「Hydrogen Bombs and Status Beam Machines(水素爆弾とステータスビーム装置)」と呼ばれる積み荷を運ぶ異星人の貨物船を破壊する。マスクはこれを、初心者向けの初期のプログラミング言語BASICで書いた。

少年はどうやってプログラミングを独学したのか

マスクは初めてのコンピューター、コモドールVIC-20を手に入れ、マニュアルを読み込んでプログラミングを覚えた。数カ月かけて学ぶはずの課程を、ほとんど眠らずに数日で終えた。ブラスターは誰かに課されたものでも、誰かに教わってつくったものでもない。マスクは機械の仕組みを理解したくて、わかるまで読み続け、学んだことを使って新しい物をつくった。

その500ドルが今も意味を持つ理由

『PC and Office Technology』誌はこのゲームに約500ドルを支払った。マスクがつくった物に、見ず知らずの相手がお金を払ったのは、これが初めてだった。後の会社も同じ流れをたどる。多くの人が難しすぎると感じる分野を独学し、そこから製品をつくり、それを売る。その循環はブラスターから始まった。

まとめ

雑誌から届いた小切手は、マスクがソフトウェアで得た最初の収入だった。15年後の1999年には、最初のソフトウェア会社Zip2をコンピューターメーカーのコンパックに売却し、約2200万ドルを手にした。

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年表

  • 1971年6月28日:イーロン・マスクが南アフリカのプレトリアで生まれる。
  • 1981年:10歳ごろ、コモドールVIC-20を手に入れ、マニュアルでプログラミングを独学する。
  • 1983年:12歳で、宇宙ゲーム「ブラスター」をBASICで書く。
  • 1984年:南アフリカの雑誌『PC and Office Technology』がこのゲームを掲載し、約500ドルを支払う。
  • 1995年:スタンフォード大学大学院への入学を延期し、最初の会社Zip2を立ち上げる。
出典(4)
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