
イーロン・マスクは、ほとんど休まず働き、休息を信用しないことで知られる。その理由の一つが、集中治療室に入るほどのマラリアである。
暗転した休暇
マスクは、のちにペイパルとなる会社のCEOを交代させられたばかりだった。気分を切り替えるため、マスクは妻のジャスティンと休暇に出かけた。17歳で南アフリカを離れて以来初めての里帰りを含み、最後は動物保護区で締めくくる旅だった。旅のどこかで、マスクは熱帯熱マラリアを運ぶ蚊に刺された。マラリアの中で最も危険な型で、脳を侵し、短い間に命を奪うことがある。
どこまで危なかったのか
2001年1月にカリフォルニアに戻ったマスクは、最初ウイルス性髄膜炎と診断された。その後、レッドウッドシティのセコイア病院の感染症医が熱帯熱マラリアを突き止めた。マスクは集中治療室で10日間を過ごし、回復までに約5カ月かかった。
そこから得た教訓
旅先で命を落としかけた人の多くは、帰国するとペースを落としたいと考える。しかしマスクは逆の結論を出した。冗談めかして語った教訓は、「それが休暇を取ったことで得た教訓だ。休暇は命取りになる」というものだった。この考えは、すでに激しかった働きぶりとも合っていた。同じ数カ月の間に、マスクはロケットの勉強を始めた。この関心が、2002年のスペースX設立につながった。
まとめ
マラリアの一件は、マスクが休息を危険なもの、仕事を安全なものと見る理由を説明する手がかりになる。めったにない長い休暇の後に死にかけた記憶が、その見方の根にある。
年表
- 2000年秋:イーロン・マスクが、のちにペイパルとなる会社のCEOを交代させられる。
- 2000年末ごろ:マスクとジャスティンが、南アフリカの動物保護区で締めくくる休暇に出かける。マスクにとって17歳で離れて以来初めての里帰り。
- 2001年1月:カリフォルニアに戻ったマスクは、最初ウイルス性髄膜炎と、その後セコイア病院で熱帯熱マラリアと診断され、集中治療室で10日間を過ごす。
- 2001年:回復に約5カ月かかる。同じ時期に、マスクはロケットの勉強を始める。
出典(3)
- ウォルター・アイザックソン『イーロン・マスク』(2023年、Simon and Schuster)、ペイパル時代とマラリアの章
- アシュリー・バンス『Elon Musk: Tesla, SpaceX, and the Quest for a Fantastic Future』(2015年、Ecco)、休暇についての発言
- エリック・ジョーゲンソン『The Book of Elon』(2024年)